News for 7月 2011

31/07/2011/SUN/百六十八日目

未明、福島で震度5強。夜、岩手で震度4。

時差ボケがひどい。ぼーっとした頭のまま、夕方はアトミックサイト展が行われている現代美術製作所へ。吉田アミさんとイルコモンズさんの対談だったのだが、流れで僕もトークに参加。

八日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:521(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 31st, 2011
Categories: パ日誌
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30/07/2011/SAT/百六十七日目

夜遅くに成田着。家までタクシーで帰る。

七日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:522(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 30th, 2011
Categories: パ日誌
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29/07/2011/FRI/百六十六日目

朝起きると熱は下がっていた。SOHO、UNION SQUAREで買い物をして、恩田さん、真樹子さんに別れを告げ、JFK空港へ。日本へ発つ。

六日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:523(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 29th, 2011
Categories: パ日誌
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28/07/2011/THU/百六十五日目

熱がひどくなり、一日中寝て過ごす。夜は恩田さん宅に友人たちが集まってきてホームパーティーが開かれた。ハワイで熱のある病人に巻くという、解熱作用のある葉、ティーリーフを額に巻いて、僕もホームパーティーに加わった。

五日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:524(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 28th, 2011
Categories: パ日誌
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27/07/2011/WED/百六十四日目

午前中から発熱。どうやらだるさは好転反応ではなく、風邪だったようだ。だるい身体を圧して、メトロポリタン美術館へAlexander McQueen展を観に行くも、異常なほどの入館待ちの行列で断念。イーストヴィレッジを少し散策後、早々に恩田さん宅へ帰って身体を休める。

近くの宝石店に強盗が入り、店員が銃殺されたとのこと。ニューヨークは僕が住んでいた80年代から比べて随分治安が改善されたと思っていたのだが。

四日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:525(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 27th, 2011
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26/07/2011/TUE/百六十三日目

SOHOで「パ」ートナーの買い物につきあう。その後、五番街にスタジオを構える気功師、Master Leeのもとへ。身体のチューニング。その好転反応だろうか、夜になると急に身体がだるくなってきて早めに床へ。

三日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:526(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 26th, 2011
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25/07/2011/MON/百六十二日目

朝、セントラルパークを散歩後、ブルックリンへ。
今回は『金閣寺』の公演が終わった後も、滞在を4日間延長してニューヨークに滞在することにした。しばらく「パ」ートナーと二人でブルックリンの恩田晃さんの家にお世話になる。

二日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:527(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 25th, 2011
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24/07/2011/SUN/百六十一日目

『金閣寺』ニューヨーク公演終了。終演後キャストの皆さんと軽く打ち上げ。

夜は恩田晃さん、晃さんの「パ」ートナーの真樹子さん、僕、「パ」ートナーの4人で食事。僕はAUDIO SPORTSのころから晃さんの大ファンなのだが、実は僕と「パ」ートナーの間のキューピッド役を務めたのも晃さんだった。久しぶりに晃さんと真樹子さんに再会できて嬉しい。

日本ではアナログ放送が終了。昭和のテレビ史に生きた父を持つ者としては、日本で放送終了の瞬間に立ち会えなかったのが心残り。

今日は完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(±0)
終演まで:528(-1)
終演見込み日:2013年1月1日(±0)

Posted: 7月 24th, 2011
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23/07/2011/SAT/百六十日目

朝の飛行機で「パ」ートナーが日本から到着。JFK空港へ出迎えにいき、ホテルに送った後、僕は劇場入り。『金閣寺』ニューヨーク公演3日目。

本番を終えて、劇場を出ようとエレベーターに乗ると、劇場スタッフと乗り合わせた。こんなとき人はエレベーターという密室の中で、無言の空気を避けるためささやかな話のネタを探すものである。彼は僕がはいていたNUMBER (N)INEのズボンをみつけて言った。

劇場スタッフ:”Hey, nice pants…”
僕:”Thanks”

おっときた「pants」は要注意である。この単語を発音する場合は、郷ひろみ系フィルターで”ペァーンツ”だな…。それか「trousers」という単語を使うか…。そんなことを脳内で考えている間も会話は続いていく…。

劇場スタッフ:”Where are you staying?”
僕:”er…”

ホテルの名前は何だったか…。しばらく考え込んで、すぐに思い出した。

僕:”Ah! Le Parker Meridian!”

地雷ワード、「Le Parker Meridian」パ裂。

「Le Parker Meridian」とは僕の宿泊しているホテルの名前である。この場合はラテン男系フィルターを効かせ、巻き舌ぎみに”ル ペルカル メリィーディアン”と発音すべきだった…。ここは部屋からセントラルパークを一望できて、とても良いホテルなのだが、名前だけは何とかならないものか。

ここまでの成績…
積算上演日数:733(+1)
終演まで:529(±0)
終演見込み日:2013年1月1日(+1)

そしてついに上演期間が2013年ゾーンへ突入…である。

Posted: 7月 23rd, 2011
Categories: パ日誌
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22/07/2011/FRI/百五十九日目

『金閣寺』ニューヨーク公演2日目。
ホテルを出るとうだるような暑さ。米国観測史上、二番目の猛暑とのことである。

本番直前、舞台袖で現地スタッフと歓談中、やはり出てしまった。地雷ワード「Japan」。郷ひろみ系フィルターを効かせて”ジャペーァン”と訛らせ損なったためアウト。

ここまでの成績…
積算上演日数:703(+1)
終演まで:500(±0)
終演見込み日:2012年12月2日(+1)

しかし日誌の更新が29日間(12/4~1/1)滞ったので、上演期間を延長。
積算上演日数:732
終演まで:529
終演見込み日:2012年12月31日

この時点で2012年もこの「パ」フォーマンスを上演することが決定。事実上、”聴くことのできない、一年間のヴォイス・「パ」フォーマンス”が、”聴くことのできない、二年間のヴォイス・「パ」フォーマンス”になったことになる。

Posted: 7月 22nd, 2011
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21/07/2011/THU/百五十八日目

『金閣寺』ニューヨーク公演初日。日本から海を超えてはるばる観にきたお客さんも少なからずいたようだ。本番では初っ端からキャストの一人がセットから飛び降りの着地に失敗、頭を強打するアクシデントがあり、本番続行不能かとヒヤリとしたが、何とかやり通すことができた。

終演後はレセプションパーティー。そう「party」も頻出地雷ワードだ。気をつけねば…。郷ひろみをイメージし、歓談中も「ペァリィー」と発音するよう勤める。その後、キャスト、スタッフで二次会に流れたが、二次会のバーの前に寝泊まりしているホームレスと酒の勢いもあってか意気投合。名前はブラッドリーというらしい。すると「Do you Know Iron Maden?!」と聞いてくるので、指でサタニック・サイン(まことちゃんのグワシに似てるアレ)をつくりながら「Yes! of course!!!!」と答える。そして二人で肩を組みながらアイアン・メイデンの「Aces high」を熱唱。ほとんど歌詞を忘れていたが、幸いにしてこの曲の歌詞には【pʌ】も、【pə】も、【pæ】も、【pa】も含まれていなかった。したがって今日は完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:702(±0)
終演まで:500(-1)
終演見込み日:2012年12月1日(±0)

Posted: 7月 21st, 2011
Categories: パ日誌
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20/07/2011/WED/百五十七日目

早朝、目が覚めて薄暗いうちにセントラルパークへ散歩に出かけた。ニューヨークについてから、まだ誰とも英語で会話していない。外国へ来たとき、僕にとって切実な問題となってくるのは、やはり「パ」のことである。

「パ」日誌メントを初めてかれこれ7ヶ月半になるが、だいぶ脳が鍛えられたのか、日本語を話すときはかなりの確率で「パ」裂を避けられるようになってきた。しかし英語での会話は日本語での会話よりも「パ」が出現する頻度──すなわち地雷の数──がずっと多くなる。果たして上手く「パ」を避けながら、英語圏できちんとしたコミュニケーションをとれるのだろうか?例えば「What did you do this morning?」と聞かれても、「I took a walk in Central Park」と答えられず、「Where are you from?」と聞かれても、「Japan」と自分の母国名すら口にすることができない。また「On which stage are you appearing?」と聞かれても「The temple of the golden pavillion」と自分の出演する舞台名を言うこともできない。

もう一つ問題になってくるのが、英語には【pʌ】、【pə】、【pæ】、【pa】など、日本語の【パ】という音にあたる発音が何種類もあるということだ。この厄介な「パ」フォーマンスのタイトル『「パ」日誌メント』は、英語の「punishment」という単語をもじって命名した訳だが、綴り的には「pu」で始まり、発音は【pʌ’niʃmənt】。「Japan【ʤəpæ’n】」の【pæ】や、「performance【pərfɔ’ːrməns】」よりは日本語の【パ】に近く聴こえるが、それでも【パ】≠【pʌ】である。また「お父さん」、つまりは「パパ」を意味する「papa」の発音は、面倒なことに、一つ目の【パ】と二つ目の【パ】の音が微妙に違うらしく、【pa’pə】もしくは【pə’pa】らしいのだ。

そこで一つのルールを設けることにした。ある英単語を日本語の外来語として輸入した場合に「パ」が含まれてくる場合は、【pʌ】も、【pə】も、【pæ】も、【pa】も、口にしたらすべてアウト。つまり「punishiment【pʌ’niʃmənt】」も、「Japan【ʤəpæ’n】」も、「papa【pə’pa】」も、「power【pa’uər】」もすべてアウトである。これは『「パ」日誌メント』終了まで(まったくいつのことやら分からないが…)一貫したルールとしたい。

そうと決まれば、やはりここは戦略として、積極的に「訛り」を活用しよう。日本語を話すときは「パ」の音節を「ピャ」と幼児風に訛らせることで「パ」裂を避けてきた訳だが、英語圏に特化した「訛り」の法則を考えてみる…。「Japan」は郷ひろみ風に「ジャペーァン!」、「Performance」はラテン男風に「ペルフォーマンス!」、「Power」はB-Boy風に「ポァワー!」、「papa」面倒なので「daddy」に言い換えて、「punishiment」はシャイな日本人風に、お茶を濁すような感じで「プニッシュメント」と発音しよう。その都度その訛らせ方に見合ったステレオタイプな人物像をイメージし、それを身体感覚として手がかりにしながら、【pʌ】、【pə】、【pæ】、【pa】を巧みに避けていくという戦略である。果たして上手く行くだろうか。

だんだんと辺りが明るくなってきた。セントラルパークを後にし、タイムズスクエアまで散歩の足を延ばした後、ホテルに戻りシャワーを浴びて、午後は劇場入り、場当たり稽古。劇場に入ったらほとんどが日本人スタッフなので、結局今日一日、英語らしい英語は「Hello」、「thanks」くらいしか言わず完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:699(±0)
終演まで:498(-1)
終演見込み日:2012年11月29日(±0)

しかし「パ」日誌の更新が滞ったので(11/29〜12/1)、上演期間を3日間延長。
積算上演日数:702
終演まで:501
終演見込み日:2012年12月1日
(※通常なら3日延長した場合は12月2日になりますが、2012年が閏年だと気づいたので、この時点で調整します)

Posted: 7月 20th, 2011
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19/07/2011/TUE/百五十六日目

リムジンンバスで成田空港へ向かう。しかし何故か僕は無性に日本を離れたくなかった。

3月16日付けの日誌に書いたが、実は震災直後にはパリ公演が決まっていたのだった。しかし僕は日本に留まることを決意し、渡仏をキャンセルした。だから3月11日以降に日本を離れるのは、今回の舞台『金閣寺』ニューヨーク公演のための渡米がはじめてということになる。

バスの中でカメラの充電器を家に置いてきてしまったことに気がついたのだが、それと一緒に自分の魂も置いてきてしまったような、そんな気持ちだった。自分の留守の間にまた日本で大きな惨事が起こるのではないかという危惧からか…、あるいはずたずたに傷ついた故郷に寄り添っていたかったからなのか…、何故こんなにも後ろ髪を引かれるのか自分でもよく分からなかった。とにかく国外へとぐんぐん向かう僕の身体と、逆に日本を離れようとしない僕の心との両者が、成田へ向かうバスの中でズレいくのだった。そんな風に身体と心がズレてしまった時は、味のある食べ物を食べるに限る。成田空港に着くなり、僕はレストランフロアのそば屋へ駆け込んで、ざるそばを注文。めんつゆの味を舌が知覚し、僕の心がそれを味わいはじめると、やっと身体のもとへ魂がもどってきてくれた。

そしてチェックインカウンターでキャストやスタッフの方々と合流。飛行機に搭乗。ニューヨークへ。現地時間で19日のうちにニューヨークに到着。ほとんどホテルで寝て一日過ごす。

今日は完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:699(±0)
終演まで:499(-1)
終演見込み日:2012年11月29日(±0)

Posted: 7月 19th, 2011
Categories: パ日誌
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18/07/2011/MON/百五十五日目

早朝にCLUB ASIAから帰宅し、仮眠をとってすぐに東向島の現代美術製作所へ。『アトミックサイト』展が今日からスタート。『アトミックサイト』展とは、日本全国に点在する「原子力発電PR施設」に対抗し、「ファンタジーとしての原発安全神話」(ニューヨークタイムズ) を脱神話化/脱構築する、架空の「反/脱原子力PR施設」をつくる、というコンセプトのもとに作られた展覧会である。監修者イルコモンズを筆頭に、石川雷太、伊東篤宏、ユリア・レーザ&クラリッサ・ザイデル、中村友紀、吉田アミ、MijA、=3=3=3(プププ)、そして僕の8組のアーティストが参加。

僕は次の3点を展示した。放射能を検出すると自動的に弦が震動し演奏されるエレキギター、『原子ギター 初号機 Storatocaster-type』、東京電力から株主である僕の母へ送られてきた郵便物を額に収めた『母宛の郵便物』、そして実家にあった祖父の形見を展示した『祖父の形見 原爆茶碗と原爆壷』。

クーラーのないアトミックサイト展の展示空間は、展示物がごった返し、混沌とした熱気に満ちていた。昼すぎになると、群馬からはるばるMijAさんが友人を連れて観に来てくれた。MijAさんは福島第一原発付近で人命捜索にあたった陸自隊員で、今回は4号機間近で撮った写真を提供してくれている。

午後、家に戻り、車を車検に出して、家に帰ると急いで旅の準備。明日から舞台『金閣寺』NY公演のためアメリカへ。海外へ出る前はいつも慌ただしい。

今日は完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:699(±0)
終演まで:500(-1)
終演見込み日:2012年11月29日(±0)

Posted: 7月 18th, 2011
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17/07/2011/SUN/百五十四日目

昼、東向島で「アトミックサイト」展の展示準備。

今回出展するメインの作品は、エレキギターとアナログガイガーカウンターを合体させてつくった『原子ギター』である。これは電気を象徴する楽器であるエレキギターが、東京電力の作る電気によって活力を与えられながら、その東京電力のまき散らした放射性物質を検出すると自ら弦を震動させ、見えない放射能を音楽として顕在化させるというインスタレーションだ。放射線量が高ければ早いテンポの演奏になり、逆に低ければ演奏のテンポは遅くなる。ギャラリーのある東向島の空気を放射線源とした場合も『原子ギター』は反応し、ゆっくりとした演奏になるのだが、今回はより激しい演奏を求め、放射線源として東京芸大取手キャンパスの側溝から採取した土を使うことにした。

茨城県取手市や守谷市、千葉県柏市、松戸市といった首都圏北東部エリアはホットスポットとなっていて、僕の勤務地である東京芸大取手キャンパスの側溝から採取した土は2μ~3μSv/h。『原子ギター』を鳴らすに十分な放射性物質を含んでいる。展示の際は、汚染土をステンレス製の皿に乗せて上からラップをかけ、そこへ『原子ギター』のガイガーミューラー管をかざす形でセットするのだが、ジップロックに密閉して保管しておいた汚染土をステンレス皿に移す作業は、埃とともに放射性物質が舞うのでやはり気を使う。

僕はマスクをして密閉された汚染土とステンレス皿をもってギャラリーに面した通りに出た。しゃがんで恐る恐るジップロックを開けてみると、乾いた土埃が舞うのが微かに見えた。それをマスク越しに吸わないように、少しずつ後ずさりしながら、乾いた土をステンレス皿の上へさらさらと流し込む。ふと気づくと通りがかりの女子高生が僕の一連の作業の様子を数メートル先から伺っていた。その表情から明らかに僕に怯えているのが分かった。怖くないよ、と軽く微笑みかけてみたものの、マスクをしているので伝わる由もない。すると突然、女子高生は走り出し、一目散に逃げていった。

無理もないだろう。放射能マークを大きく配したポスターが掲げられた建物の前で、マスクをした男が怪しげな土を袋から金属の皿に移している光景は異様に見えるはずである。しかしそれがどんなに異様に見えたとしても、あの原「パ」ツ事故以降、物々しい放射能マークも、マスクをすることも、放射能に汚染された土も、僕らの生活の一部と化したことは否定しようのない事実である。

そして深夜は、CLUB ASIAで開催されたフェス「KAIKOO」にTHE LEFTY+伊東篤宏氏+僕のカルテットで出演。この日のライブは後日ライブ盤としてリリースされる。

朝、福島で震度3。今日は完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:643(±0)
終演まで:445(-1)
終演見込み日:2012年10月4日(±0)

しかしパ日誌の更新が滞ったため(10/1~11/25)、罰則として上演日数を56日間延長。したがって現時点での成績は下記の通り。
積算上演日数:699
終演まで:501
終演見込み日:2012年11月29日

Posted: 7月 17th, 2011
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16/07/2011/SAT/百五十三日目

早朝、茨城県北部で震度3。夜、茨城県南部で震度5弱。

東向島の現代美術製作所で「アトミックサイト」展のための仕込み。

十一日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:426(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

しかし「パ」日誌の更新が滞ったので(9/10~9/29)、罰則として上演期間を20日間延長。結果は下記の通り。
積算上演日数:643
終演まで:446
終演見込み日:2012年10月4日

Posted: 7月 16th, 2011
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15/07/2011/FRI/百五十二日目

福島、宮城で震度3。

舞台『金閣寺』ニューヨーク公演へ向けての稽古最終日。

稽古終了後は、アトリエへ。「アトミックサイト」展にむけて作業。

十日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:427(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 15th, 2011
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14/07/2011/THU/百五十一日目

宮城県で震度3。

森下の明治座の稽古場で、舞台『金閣寺』NY公演へ向けての記者会見が行われた。僕は”GENPATSU NASHI DE CRASS” と書かれたTシャツを着て参加。

記者会見の中で、僕が他の共演者の方々の発言を聞いていて意外に思ったのは、皆、ニューヨークへ「行く」ことへの思い入れがとても強かったということだ。スポーツ新聞の芸能欄でも『金閣寺』がニューヨークへ「行く」ことが大きく取り上げられている。いや、確かに『金閣寺』の出演者やスタッフは飛行機に乗ってニューヨークへ「行く」のだが、それはあくまで物理的な話であって、重要なのはそういった物理的な場所ではなく、作品の上演によって出現する場所の方であり、そういった場所というのは、物理的な場所とは無関係に出現するものである。だから本番がはじまってしまえば、ニューヨークの劇場だろうと、日本の地方の劇場だろうと、何も変わらないというのが僕の感覚である。劇場の中の空間というのは、物理的にその建物の外にある時間や空間とは切り離されている。そして世界中すべての劇場の空間というのは繋がっていて、大きな一つの内部空間を構成しているんじゃないかと思うことがある。何十回も同じ作品に出演していると、この内部空間に何度も帰っきているような感覚があるものだ。つまりニューヨークで『金閣寺』が上演されたとしても、僕がニューヨークへ「行く」のはなくて、いつもの場所へニューヨークから観客が「来る」という方が、僕にはしっくり来るのだった。

記者会見では、このようなことを、もう少しくだけた感じで話したのだったが、記者の多くは僕の話など興味がなさそうだった。

記者会見終了後は稽古。稽古を終えてアトリエに向い「アトミックサイト」展にむけて作業。

九日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:428(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 14th, 2011
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13/07/2011/WED/百五十日目

日付変わってすぐに宮城県で震度4。早朝になって福島県で震度4。

アトリエで作業。

夜は大久保のNAKED LOFTで、大友良英さん、田口ランディさん、飴屋法水さんによるイベント『Dialogue Fukushima』へ。

八日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:429(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 13th, 2011
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12/07/2011/TUE/百四十九日目

宮城県で震度4。芸大で授業。

授業終了後は、大学から少し足をのばし、守谷駅周辺の公園や路上をアナログ・ガイガーカウンターで測ってまわる。特に国道294号線沿いの土が高くて驚いた。慣れてくるとガイガーカンターがなくとも、地形をみただけで放射線量の高い場所がわかるようになってくる。雨水が流れ着く場所に溜まって乾いた土というのは、例外なく放射線量が高いのだ。こうした土が土埃となって空間を舞い、その周辺の空間線量を上げる。守谷ではとりあえず6キログラムほどの土を採取。道ばたで土を採取している僕のすぐ脇を、子供を連れの親たちが通り過ぎていく。思わず親をつかまえて、子たちにすぐマスクをさせた方がよい、と言いたくなったが言えなかった。

七日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:430(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 12th, 2011
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11/07/2011/MON/百四十八日目

午前、福島県浜通りで震度4。午後、岩手県で震度4。
森下で舞台『金閣寺』NY公演のための稽古。

六日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:431(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 11th, 2011
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10/07/2011/SUN/百四十七日目

朝、三陸沖を震源に最大震度4。
『金閣寺』稽古が予定されていたが、急に休みに。
昼は空に鎮座する雲の存在感に圧倒され、そして夜は、月光があまりに眩しくて夜道に自分の影が見えていた。ツイッターでも、たくさんの人が雲と月についてつぶやいていた。

五日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:432(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 10th, 2011
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09/07/2011/SAT/百四十六日目

森下で舞台『金閣寺』の稽古。

その後、東向島の現代美術製作所へ。7月15日から開催される『アトミックサイト展』の会場へ。

南相馬市では93歳のおばあさんが、原「パ」ツ事故を苦に自殺。以下、遺書の原文。

・・・・・・・・・・
このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい
・・・・・・・・・・

四日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:433(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 9th, 2011
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08/07/2011/FRI/百四十五日目

岩手県で震度3。

神保町の美術出版社内にあるBTギャラリーへ。DJぷりぷり君の個展。
その後、放射能で自動演奏されるギターをつくるため、部品買い出しに秋葉原へ。
夜はポールダンスで発電するダンサー、メガネさんが出演するというので、ファッションブランドkitsonのパーティーへ。

三日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:434(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 8th, 2011
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07/07/2011/THU/百四十四目

茨城県で震度3。
森下の稽古場で舞台『金閣寺』NY公演のための稽古。

昨日のニュースになるが、経済産業庁は、すべての電源が失われるなど深刻な事態に対してどこまで原発の安全性が保たれるのかを確認する「ストレステスト」と呼ばれる安全評価をすべての原発で実施すると発表。これを受けて、運転再開目前だった玄海原「パ」ツ2号機、3号機の再開の判断が先送りされることとなった。

さらに東京電力は緊急時の被曝量の上限250ミリシーベルトを超えた可能性があるとしていた作業員9名のうち、3人が上限を超えていたと発表。被ばく量は、それぞれ475ミリシーベルト、359ミリシーベルト、308ミリシーベルト。3人はいずれも年齢が20代とのこと。これで上限超えが確実になった作業員は計6名となる。

二日連続の完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:435(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 7th, 2011
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06/07/2011/WED/百四十三日目

以下、本日浅草橋にあるオルタナティブスペース『浅草天才算数塾』を運営するDJぷりぷり君に送った私信。

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From: 山川 冬樹
Sent: Wednesday, July 06, 2011 11:36 AM
To: DJ.puripuri

Subject: 企画の提案

ぷりぷり君 aka 金太郎

こんにちは山川です。
この間は発電部の集まりに場所を提供してくれてありがとう。小町谷君の授業の展示も算数塾でやるそうですね。

ところで、企画の提案があります。長期的かつ、算数塾の運営の根本に関わる内容なので、ぷりぷり君の意見をききたく思います。

先日の発電サロンを受けて色々考えました。あの時はいろいろなアイディアが出て非常によかったのですが、「発電」というテーマを掲げていると、つい、どうやって電気をつくるかという、電子工作的な手法の面白さだけにとらわれてしまいがちになりますね。しかし僕は発電した電気が誰にどう消費されるのか、作られた電力が何に生まれ変わるのか、そこが非常に重要だと思うんですね。

そこで提案です。「天才算数塾電力独立プロジェクト」。

天才算数塾を東京電力から独立させ、自家発電で作った電気で運営するという、壮大なアイディアです。具体的には、太陽光発電、風力発電、人力発電、その他の発電機を設置し、電力において完全に自給自足の運営を実現する。自分たちの、自分たちによる、自分たちのための電気で、自分たちの、自分たちによる、自分たちのための文化をつくっていく、という夢のある話です。

面積や日照時間、風の状況など詳しく測定し、消費電力と照らし合わせる必要がありますが、小町谷君との話では、自力で作れば30万~40万円くらいあればできるのでは?と見込んでいます。インディペンデントであることを何より大切にしたいので、資金はメセナ等の助成を一切頼ることなく、算数塾で発電関連のイベントや、ワークショップをやってその収益を少しずつ整備費用にあてていくと。改めて法的なことは細かく確認しますが、電気事業法にはうまくひっかからずにできるはず。

2,500円のイベントで30人集まったとして、75,000円の収益。うち、25,000円を出演者のギャラや経費に宛てると50,000円の純益があるので、単純計算で8回くらいやればなんとかなるのではと。独立までの道のりは、ワークインプログレスでネットなどで公開できればと思います。プロジェクトの成長の過程も一つの作品として観られるようにできたらと思います。

安定供給のためには、太陽光、風力が主要な発電方法になるかと思いますが、アート・プロジェクトですから、多少有用性に欠けても、アイディアとして面白い発電も欲しいと思っています。例えば…

・算数塾のトイレでとれた糞尿や、台所で出た生ゴミでバイオマス発電。
・電気ウナギ(♀)を飼育。「でんこちゃん」と名前をつけて算数塾のマスコットとして発電してもらう。
・都市に無駄に散在しているエネルギーを採取(盗用?)し、蓄電して運用。
・ぷりぷり君が発電自転車で日夜発電し、ダイエットしていく。
・バケツ水50杯分を屋上のタンクに入れた人は、イベント無料。上げた水で揚水発電。
・ガチで温泉を掘って地熱発電。
・畳の下に圧電素子を入れて、畳発電。
…とか。

以上、ざっとアイディアの概要です。

これは運営の根本に関わる問題ですし、多分に実験的な企画です。現在の状態よりも、電力供給の安定性は損なわれるでしょう。でも、こうした無茶ができそうな所というと、天才算数塾しかないのです。

僕が今後重要になってくると思うのは、DIYの精神をもって自分で「つくること」です。お金と交換することで簡単に手に入るものを、敢えて手間ひまかけて自分で「つくる」こと。いざダイナモを回して自分の手で発電してみると、苦労してもほんのわずかな電力しかつくれないことを思い知ります。しかし、この「苦労」=「体感的コスト」に価値を見いだしていくことが大切だと思うのです。

例えばスーパーに行けばすぐに数十円でトマトやキュウリを買う事ができるわけですが、敢えてそれを手間ひまかけて自分でベランダで栽培してみる。そしてやっとできた野菜を自分で食べてみる。自分の手でつくった野菜を食べるときの、あの格別な味わいのようなものが、とても重要なのではないかと思うのです。わざわざ野菜を手間ひまかけて育てるような、「体感的コスト」を払うことが、苦労を超えて喜びとなり、その喜びが生きる上で必要不可欠なものとなったとき、僕らはインディペンデントになれるのではないか、さらに言えば、あの事故を引き起こしたシステムから自由になれるのではないか、と思うのです。

たとえ効率性に欠け、採算が合わなくとも、「つくること」の苦労をいとわず、それを喜べるのはアーティストくらいなものでしょう。ですから、発電もアートを志す者から自然発生的にはじまって然るべきだと思います。そのために、必要になってくるのが「場」です。野菜で例えるなら「畑」です。つまり例えるなら、これは天才算数塾を「電気の畑」にしませんか?という提案です。

どうでしょうか。考えてみてもらえれば幸いです!こんどこの件で、打ち合わせできれば。。。

ではでは!

やまかわ

・・・・・・・・・・

そして今日は完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(±0)
終演まで:436(-1)
終演見込み日:2012年9月14日(±0)

Posted: 7月 6th, 2011
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05/07/2011/TUE/百四十二目

芸大で授業。

授業を終えた後は、芸大取手キャンパス敷地内をアナログ・ガイガーカウンターを片手に土壌の汚染度合いを測ってまわる。排水溝の脇に溜まった土にガイガーミューラー管をかざすと、ガイガーカウンターがけたたましく反応した。だいたい2~3μSv/hはあろうか。土埃が宙を舞わないよう、細心の注意を払いながら、汚染された土をスコップですくい、ジップロックに封じ込める。大学敷地内は隈無く測定し、特に汚染された土は採取し尽くしたため、これで大学構内はだいぶ「除染」されたはずである。

夜は、木幡先生の研究室でパーティーがあるとのことで、少しだけ顔を出した。先端芸術表現科のOBやかつてお世話になった助手さんも集い、なかなか楽しい会だった。そしてやはり、ここでも話題にあがるのはエネルギー問題だ。

先日発足した「発電部」について話したところ、周りからもいろいろな発電のアイディアが出て来た。そんな中での僕の発言…。

「マイクロ揚水発電器をつくってさ、バケツで50杯水を屋上にあげて一階に落としたらどれくらいの電力つくれるかな?」

地雷ワード、「50杯」、パ裂。「ごじゅっはい」と言えばよかったのだが、しくじった…。

そしてあるOB曰く、地震でインフラが全部死んでも、プロパンガスというのは結構強いのだという。それに対して…。

「あぁ、確かにプロパンで発電っていう可能性もあるよね、でも日常的に使うには高くつきそうだな」

地雷ワード、「プロパン」、パ裂。

尚、今日は和歌山で震度5強の地震があった。

ここまでの成績:
積算上演日数:623(+2)
終演まで:437(+1)
終演見込み日:2012年9月14日(+2)

Posted: 7月 5th, 2011
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04/07/2011/MON/百四十一日目

和歌山県で震度3。

明治座の森下スタジオにて、金閣寺NY公演のため、はじめての稽古。

今日は完封。

ここまでの成績:
積算上演日数:621(±0)
終演まで:436(-1)
終演見込み日:2012年9月12日(±0)

Posted: 7月 4th, 2011
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03/07/2011/SUN/百四十日目

福島県会津で震度4。

昼、アトリエで小町谷君と発電実験。

夜、「パ」ートナーと、「パ」ートナーの友人のこどもの話をする。

その友人のこどもは、よく何もない空間をじっと見つめ、まるでそこに「何か」、あるいは「誰か」が存在しているかのような反応を示すのだとか。どうやら大人には見えていないものを見ているらしいとのこと。

「パ」ートナー曰く、生まれたてのこどもの頭蓋骨の頭頂部はまだ塞ぎきっておらず、隙間が開いた形になっており、その穴が”第三の目”として働くことで、大人が見ることのできないものを見ることができる、という説もあるのだとか。

「パ」ートナー:「大人でも頭蓋骨に穴を開けて、第三の目をつくっちゃう人がいるんだって」

僕:「あぁ、知ってるよ、トレパレーションでしょ」

地雷ワード、「トレパレーション」、パ裂。
随分マニアックな地雷を踏んでしまった。

ここまでの成績…
積算上演日数:619(+1)
終演まで:435(±0)
終演見込み日:2012年9月10日(+1)

しかし「パ」日誌の更新が滞ったので(9/7、9/8)、罰則として上演期間を2日延長。
積算上演日数:621
終演まで:437
終演見込み日:2012年9月12日

Posted: 7月 3rd, 2011
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02/07/2011/SAT/百三十九日目

長野県中部で震度3。

昼、青山のブラウンライス・カフェでランチ、その後、クレヨンハウスで食材と本の買い物。その後、池袋あうるすぽっとで飴屋さん演出の『おもいのまま』観劇。

五日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:618(±0)
終演まで:435(-1)
終演見込み日:2012年9月9日(±0)

Posted: 7月 2nd, 2011
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01/07/2011/FRI/百三十八日目

アトリエで作業。

夜、僕は今まで料理というものをぜんぜんしてこなかったのだが、ふと自分で何かつくってみようと思いたち、食材を買いにスーパーマーケットへ。

野菜売り場の一角に大量のキュウリが置いてある。札に表示された産地をみてみると、「福島県産」「千葉県産」と二つの表記が。他の客は産地のことなどあまり気にかけずに買っているようだが、僕はそのキュウリが福島県産なのか、千葉県産なのかどうしても気になったので、通りがかりの店員をつかまえて訊いてみた。

僕:「あのーこのキュウリって福島県産なんですか?それとも千葉県産なんですか?」

店員:「えー…、あのー…、ちょっと上の者を呼んで来ますのでお待ちいただけますか」

しばらくして、奥から年配の店員が出て来てこう言った。

「あぁ、申し訳ありません。これは…、えー、剥がし忘れですね…」

涼しい顔で千葉県産の表記を剥がす年配の店員。うーむ。産地表記偽装の臭い。

結局キュウリは買わなかった。

そして帰宅してつくったのは、ナスとしそのみそ汁、だいこんの炒め物、玄米ごはん、納豆、たまご。我ながら驚くほど美味かった。震災以来、食生活がだいぶ変わっている。一汁一菜。

四日連続の完封。

ここまでの成績…
積算上演日数:618(±0)
終演まで:436(-1)
終演見込み日:2012年9月9日(±0)

Posted: 7月 1st, 2011
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