23/03/2011/WED/八十二日目

早朝、千葉で震度3。朝、福島で震度5強、岩手で震度3。夕方、茨城で震度3。夜、福島で震度5強、大分で震度3、茨城で震度3。

各地の小学校、中学校、高学校、大学では卒業式典の中止が相次いでいる。

私が非常勤講師を勤める多摩美術大学でも、余震と交通機関の状況から本日予定されていた卒業式典が中止になった。3月11日に九段会館で行われた東京観光専門学校の卒業式が2名の死者と多数の重軽傷者を出したが、そのことから考えても大学側としては致し方のない判断だったのだろう。

情報デザイン学科情報芸術コースでは、中止された卒業式典の代わりに、学科の教室でささやかな学位授与式が執り行われることになった。本来、非常勤講師は卒業式や学位授与式といった式典への出席を求められない。このようなオフィシャルな式典は基本的に専任教員と学生によって執り行われるものである。しかし例え求められていなくとも、私はこの学位授与式に出向かずにいられなかった。破壊しつくされた今の世の中へ、運命的にこのタイミングで卒業していくことになった彼(女)らを見送りたかったのだと思う。

学位授与式が執り行われる教室へ着くと、助手が突然現れた私を教授たちの並びの席に通してくれた。隅の方でただ静かに式を見守って帰るつもりだったので、これには少々戸惑った。

式が始まり、60名の卒業生一人一人の名が呼ばれ、学位記が渡されていく。華々しく迎えたかったであろう卒業式がこのように縮小され、加えて四年間の集大成を世に問う卒業制作展までも中止になってしまった学生たちのやりきれなさは、察して余るものがある。私は学位記を受けとる学生一人一人をただ静かに見守った。

授与が終わると、教授が順番にマイクの前に立って卒業生たちに向けて言葉を送る。しかしこの流れで行くと、どうやら私も何か言うはめになりそうだ。これは想定外。案の定、私にもスピーチが求められ、マイクの前へ…。

「あ、すみません、ちょっと覗きに来ただけなんで、何か言うつもりで来たんじゃないんですが…」

そう言い訳して私は口ごもった。しくしくとすすり泣く声が聞こえる。葬式のような、重みのある、澄み切った空気が教室に漂っていた。胸が締め付けられる。私は続けた。

「…大丈夫、僕はここから世界は良くなっていくと信じています。今、僕らは本当に大きな変化を迎えています。これは世界を良い方向に変化させるチャンスだと思うんです。卒業したら皆さんも一人前の表現者です。だとすれば勇気をもって社会に出て、より良い変化のために表現者として何ができるのか、しぶとく考え続けてください。僕も考え続けます。僕らは未来を創る仕事を託されていると思うんです。未来はまず信じることによって創られます。信じる強度を保つ為には、やっぱり精神力だけでは限界がありますし、中途半端な知識だけでも…」
スピーチを続けながら、ここでハっとした。
結構いいこと言っていたと思うのだが、地雷ワード、「やっぱり」、「中途半端」パ裂。

学位授与式終了後、研究室で休憩していると、衝撃的なニュースが飛び込んできた。葛飾区の金町浄水場で、乳児の飲用の暫定基準値の2倍を超える、1リットルあたり210ベクレルのヨウ素が検出されたという。東京都は23区と武蔵野、町田、多摩、稲城、三鷹の各市で水道水を乳児に摂取させないよう呼びかけたらしい。ついに東京の水道水が汚染されてしまった。背筋が凍りつき、暗澹たる気分に。

夜は青山で謝恩会。水道水のことで途方に暮れて、グラスを手にしてもなかなか気が晴れなかったが、学生たちの合唱に思わず涙。歌の力を教えられ、心が救われた。その歌声は未だに耳の奥で響き続けている。

ここまでの成績…
積算上演日数:527日(+2)
終演まで:445日(+1)
終演見込み日:2012年6月10日(+2)

Posted: 3月 23rd, 2011
Categories: パ日誌
Tags:
Comments: No Comments.