17/03/2011/THU/七十六日目

早朝、福島で震度3。朝、長野で震度3、岩手で震度3、茨城で震度3、福島で震度3。昼、岩手で震度4。夕方、岩手で震度3、茨城で震度3。夜、茨城で震度4、千葉で震度4、福島で震度3。
今日第5グループでは、午前6時20分~午前10時と、午後1時50分~午後5時30分の二回にわたって計画停電が実施された。

停電中、「首都圏から退避すべきか留まるべきか」を議題に、実家の食堂で母、「パ」ートナー、私の3人で家庭内会議を開く。

しかし母親というのはいざとなると実に身勝手なもので、会議はちょっとした親子喧嘩に発展した。私と「パ」ートナーには未来があるからと、二人に執拗に疎開を要求するくせに、自分は5匹のネコを置いて逃げられないので、どんなに被曝しようがここに留まると言うのだ。

この家庭内会議で私が意見した内容は以下の通り。

実家は爆心地からちょうど250km離れている。ここを退避すべきかどうかは見極めが難しい。
今回の原「パ」ツ事故がもし最悪のシナリオを辿ったとしても、政府が首都圏に避難勧告を出すことは最後までしないだろう。そしてマスコミは決して事実を正確に伝えないだろう。だから退避すべきかどうかは、最終的に自分たちで決断しなければならない。
事故が最悪のケースに至った場合、放射能被害もさることながら、各地で甚大なパニックが起こることが予想される。パニックによる危険と、被ばくによる人体への危険を天秤にかけた場合、前者の方が差し迫った危険としては大きいなのではないか。首都圏から我れ先にと逃げ出そうとする人たちで交通機関という交通機関は機能不全に陥るだろう。だから放射能による健康被害だけでなく、パニックの中で足止めを食らって身動きが取れなくなったり、混乱による事故や、治安悪化による事件に巻き込まれるというようなことも想定しておくべきだろう。
炉が水蒸気爆発を起こし放射性物質が大量に拡散した場合、放射線量はこの辺りでも相当上がるだろう。しかしそれでもここが爆心地から250km離れていることを考えると、成人が”直ちに”健康への深刻な影響を受けるレベルまでには至らないだろう。民間で放射線量を測っている人たちは沢山いるので、政府やマスコミが放射線の数値を隠蔽することは不可能だろう。
したがって、例え最悪のシナリオを辿って避難する必要が出たとしても、放射線の数値を睨みつつ、パニックが沈静化されるまで数日間屋内に留まり、ある程度安全に移動できるようになってから移動する、というのが最善の策なのではないか。

結局会議は私の意見した内容で合意に至り、一件落着。

しかし私はこの会議の中で、地雷ワード、「パニック」を1回パ裂させてしまったのだった。

そして夜、日本時間で日付が変わって3月18日未明。パリにある「La Gaieté Lyrique」では、渡航を取りやめた私と大友良英さん以外のツアーメンバーによって、『We Don`t care about music ayway…』のライブが始まろうとしていた。現場には行けないが、何らかの形で参加したい…、そう思った私は、自らの心臓の鼓動をUSTREAMを通じて日本の実家からパリの会場へとリアルタイムに配信することにした。オンラインライブというより単なる心臓の鼓動の垂れ流しなのだが、この危機の中でも変わらず息づく私の小さな命の音を、客入れDJのような感じで使ってもらえればと思ったのだった。電子聴診器を胸部に貼付けて配信開始。そしてその状態のままベッドに入り、パリにいる人々に思いを馳せながら眠りについたのだった。

ここまでの成績…
積算上演日数:524日(+1)
終演まで:448日(±0)
終演見込み日:2012年6月7日(+1)

Posted: 3月 17th, 2011
Categories: パ日誌
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